2008年4月24日木曜日

あの人にメール

昔語りの途中ですが、最近の話を少し。

小生の心の師匠、ベースを始めたきっかけでもある米国のミュージシャンの方に今日英文でメールを送りました。
先日その人の書いた本を読んで感激してしまい、原書の英文の一部と自分なりの翻訳をこのブログに紹介させて欲しい旨を綴ってみました。やろうと思えばEメールの英語くらいは書けるもんですね。単語の幾つかはGoogleの翻訳で調べ、書式は留学経験のある妹に何箇所か直してもらいました。

さて返事は来るか!?

2008年4月23日水曜日

Bass 3

とは言ってもけっして本腰を入れて取り組むというでもなく、どこか及び腰だったと思います。楽器自体が高価そうなパートや難易度の高そうなパートは当時の選択肢にありませんでした。

なんとなく「さしあたってリズムについて研究しようか」ということになり、打楽器を検討し始めたのですがドラムはちょっと現実的でないと感じパーカッションにするか~と軽いノリで楽器店へ。

打楽器のフロアに足を踏み入れると、そこには何だか可愛いのが!
LP社製コンガのミニチュアでした。それでも木工部分や金属パーツの部分もえらくしっかりしており店員さんから「ちゃんと鳴りますよ~」と薦められ教本一冊とともに購入。

しばらくはそれで遊んでいたのですが、あっという間に行きずまってしまいました。

まず教本に書かれている譜面がよく解らない。音価というのが判別できない。
最近の様々な教則本にはたいてい模範演奏のCDが付いていたりしますが私の買った本はそんな気の利いたものじゃなかったりして。

さらに私の買ったコンガはミニチュアで当然ヘッド部分も小さい。コンガはヘッドと両掌それぞれの部位と接触する面積やタッチの際の接触時間でさまざまな音色を打ち分けますが、教本にある本来の打法では楽器が小さすぎて掌では打てませんでした。示指や中指一本で打つのがちょうどいいような状態で手本通りの練習は出来ず、何をする為に何を練習していくのかということを完全に見失ってしまいました。

もっと目的が明確であれば、まともな楽器をそろえる、レッスンを受けるという展開になったはずですが動機の強さも目的の明確さも、その時はそうなるに及びませんでした。そして一、二ヶ月後そのコンガは(本来の用途である)部屋の飾りになっていました。

およそ七、八年前の東京在住の頃の話です。

2008年4月22日火曜日

Bass 2

―「"Mu”は」 彼は続けた。
「"mother”と同じ意味の古語だ。そして"sic”は"science”の略語。総じて
Musicとは"全ての科学の母”を意味する。」
Victor L. Wooten "THE MUSIC LESSON" page18 より―


おそらくMTVを手本にしていたと思われる「ミュートマジャパン」、メジャーな歌謡曲系の歌手とはやや毛色の異なる人達ばかり出演していました。妹のお気に入りはTM NETWORK,TheStreet Sliders,小比類巻かほる,あとは岡村靖幸だったかな?BUCK-TICK、遊佐未森、筋肉少女帯が出てたのも覚えてます。番組で知った中での筆者のお気に入りはバービーボーイズでした。ソニーが開発した新たなメディア・CDが流通し始めていた頃でしたが、筆者が最初に買ったCDもバービーでした・・・ちょっと懐かしい。

本当に楽器を入手し、音楽理論等も合わせて勉強してみようか、と思ったのは二十代半ばの頃。マッサージ業界に入ったばかりの駆け出しだった小生、当時の上司の「マッサージは音楽だ!」という言葉を聞いたことがきっかけだったと思います。

確かに首肯せざるをえない思いでした。

応対するお客様の主訴、コース時間、こちらの技術と主な施術のルーティン・・・それらをもとにプランを立て施術を進めていくのですが、それは純粋な「治療」だけでなく「慰安」の要素も多く含むものです。

心地よさはもちろん、世阿弥の風姿花伝にあるような「めづらしさ・おもしろさ」が少なからず求められることにどうしたって気づかされちゃう現場の状況。

まずは主訴を解消できること、お客様の納得が得られることがもっとも重要ですが、それだけではやはり仕事の内容としては貧しい、寂しいものに感じられて来るようになります。お客様はもちろん、自分自身もです。

私のやり方は言うなれば「常に一本調子」でした。これは効果や時間的な効率の面から見ても障害になりうる事です。

さらに踏み込んで考えれば、「本当に各々のお客様の心身の状態に対応出来ているのか?」要は決まりきった自分の手順で流しているだけではないのか? という事にもなります。

起承転結、緩急強弱の変化の妙といったものを仕事以外のもので学んでくる必要を感じ始めていました。

2008年4月20日日曜日

Bass

子供の頃は正直音楽との縁はほとんどありませんでした。

幼稚園などで童謡などに触れたことはあったかもしれませんが、物心ついてからは反発の方が大きかったと思います。
理解できないものへの反発でしょう。

小中学校での音楽の授業で話される内容など何一つ理解できず、音楽室の机に書かれている五線譜やらイロハの表記などを目にするたび虫唾が走る感覚を覚え、飾られている名だたる楽聖方の肖像をみても「ええいこのけったくそ悪い連中はなんじゃ~い」などと腹の中で毒づく小僧でした。

それでもリスナーとしては徐々にレコードをチェックするようになってゆきました。
筆者が高校に進学するころTVで放送されていた「ミュージックトマトジャパン」という音楽番組を妹が欠かさず観ており、筆者もそれで国内のアーティストと楽曲を知ることになります。
折りしも当時は「イカ天」ブームの真っ只中でした。

2008年4月19日土曜日

久々の初投稿

一年ほど前までこのBloggerで自身のブログを書いておりました

先日当時の投稿を久しぶりに読んで、かつて確かに感じていた「書く悦び」を思い出し全てを一新して再び始めることにいたしました。

新しく始めたこと、中断したまま放置してしまっていること、何と申しますか・・・それらに美しく決着をつけさせてやりたい、そんな風に考えております。

いろいろ試行錯誤しながらやってゆく事になると思います。

何かのご縁でこちらにお越しの皆様、どうぞ御笑納のうえ御意見・御指導・野次・中傷、お好きなようにお過ごしください。